ヘレン・ケラーのように




父が死んで半年ほどたったある日。


俺の前に一人の少女が現れた。 名前は麻依子という。




見知らぬ老婆がこの少女を引き連れて


俺の家へとやってきた。そしてその老婆はこう言った。


「保谷麻依子という娘でございます」


俺の名字も「保谷」だった。



事の子細をよく聞いてみると


17年前に親父と愛人との間に生まれた、いわば隠し子だったらしい。


父はもちろん公表はしていないものの、それは保谷家では暗黙の了解として通っていた。


ただ、間近で見るのは初めてだ。俺や親父に似ず、とてもかわいい。


そしてその老婆は父の使用人で、その子の面倒をみていたようだ。



「麻依子様を養っていきたいのですが、この身がいつまで持つかと思うと・・・と思いまして。
 他の御兄姉様をお訪ねしましたが、断られてしまいまして
 一人暮らしをなされてる貴方様だったらと、こちらに伺った次第でございます。
 どうかご迷惑でなければ、麻依子様をどうかよろしくお願いします」



まあ、それもそうだ。 兄貴も姉貴もみんな結婚してるし子供もいる。


そんなところに来てもらっても困るというのは道理だ。


それに、実の妹とはいえ、年甲斐もなくその子に一目惚れしてしまったのだ。


俺はその子を喜んで引き取ることにした。



「 お嬢様は生まれながらにして口の中が癒着しておりまして、
 食べ物を口から召し上がることは出来ません。
 お嬢様のお腹のチューブから、乳児食等をお与えになってくださいませ
 それから、麻依子様の事は御兄妹以外の方には、口外なさらぬようお願いいたします」



老婆は深く頭を下げ、俺の家を後にした。









とりあえず彼女を座らせてみた。


彼女は背が小さく、腕や足が細い割には胸は大きい。


そのアンバランスな体に何故か俺は性欲をかき立てられた。


・・・駄目だ駄目だ。 実の兄妹なんだ。


俺はしきりに不純な考えを振り払った。


最近抜いてねぇからかなぁ・・・








彼女はただ、目を瞑ったまま何もしゃべらない。


その他老婆は彼女が盲目で、聾唖であると告げたのだ。


それでも何かリアクションはあるだろうと思ったのだが、


これじゃただの植物人間だ。 つまんねぇなぁ、思っていたら


彼女が口からよだれを垂らしているのに気づいた。










「あーあー、もう。 麻依。
 お前も17なんだから、よだれを垂らしちゃだめじゃないか」


俺はティッシュを手に取った。


俺は末っ子だったから、妹が出来たことにひそかな喜びを感じていた。


兄貴であることの優越感や、擬似的に彼女が出来たという喜び。


・・・40手前の俺には犯罪かな?






ん?


よく見ると、彼女の口が変な形になっているのに気づいた。


唇は極端に薄く、伸びきっていて


口の中、というか小さな穴の中に歯や舌はなく、代わりに円筒状の襞が見える。


しかも右側の口角には大きなできものがあり、口の周りは肉が盛り上がっている。


そういえばあの老婆、


「お嬢様は生まれながらにして口の中が癒着しておりまして・・・」


こんなこと言ってたな。


なるほど、これじゃ口から飯は食えねぇわな。


ただ、この口の形って、むしろ口というか・・・


女のアソコそっくりだな。


俺がしげしげと観察していると、ようやく人がいると気づいたのか彼女は俺の手を取り、俺の手を自分の頬に当てた。


その安らいでいる顔を見ていると、何故かこっちまで癒された。


か、かわいい・・・! こんな子が本当に俺の妹なのかよ!







俺は失敬して臭いを嗅いでみた。 まさか、と思ったが臭いは全くしない。


まさか、隠し子がこんなことになっていたなんてねぇ。


ちょっとこれは、外にはマスクさせて連れていかないとなぁ。


気づいてみると、既に夜の7時を回っていた。




「じゃあ今から粥作ってやっから、ちょっと待っててな」


俺は老婆に言われたとおり、十分に冷ました粥を彼女の腹部についたチューブから


彼女の胃の中に流し込ませた。


するといきなり彼女は肩をすぼめ、うずくまるように背を丸めた。


あ、あれ?やっぱちゃんとした乳児食を与えた方がよかったのかな?


それとも体の具合が悪いのか?


「ど、どうしたんだよ麻依? 飯まずかったか?」


彼女の口からおびただしい量のよだれが垂れている。


お、おいおい。聞いてないぞこんなの。


俺は彼女のよだれを拭こうと彼女の体を持ち上げた瞬間。


俺は彼女の口の異変に気づいた。


彼女は顔を真っ赤にし悶絶していた。彼女の唇はヒクヒクと痙攣し、


口の中は何か物欲しげな感じでうねっていた。


口から止めどなくよだれが溢れ出し、それはまるで女のアソコ、いやアソコそのものだった。


そしていきなり、


ガバッ!


彼女は俺に抱きつき、その口でキスをした。


そして口角にあるクリトリスのようなものをこすりつけるかのように、キスしたまま顔を左右に振り


彼女は何かに解放されたかのように恍惚な笑顔をのぞかせた。それに併せて、彼女のアソコのような口も歪む。


う、うわっ・・・な、なんだよコイツ・・・!


彼女はいきなり立ち上がって俺を押し倒し、俺の股間をまさぐり始めた。


ズボンのチャックを開け、俺のアレを取り出し、ものすごいスピードでしごき始めた。


い、痛え!


彼女は俺のモノをしごいている間、スカートからパンツまで全部脱いで下半身裸になり、


俺の上にまたがった。


彼女は俺のモノをしごくのをやめるや否や、彼女のアソコにあてがった。


すると。



ニュルッ



彼女のアソコからなんと、舌が出てきた!


「う、うわああっ!!」


バンッ!!


俺は驚いて彼女を突きとばし、彼女はそのまま壁に頭を打ち付け、ぐったりと倒れてしまった。


一体なんなんだよ・・・このバケモノ。


どうしよう、このまま警察に通報してもなぁ。 兄貴たちに迷惑かかるし・・・


しばらく様子を見るか。


俺はとりあえず彼女に下着を着させ、布団を敷いて寝かせた。


しかし腹違いとはいえ、コイツが本当に俺の妹か?









朝。


俺は起きてアイツの様子を見に行ったが、布団の上にアイツはいなかった。


もう起きてるのか。一体どこに行ったんだ?


アイツを探しに行こうと思ったら、テーブルに書き置きが残されているのを見つけた。


字列が斜めになったり字が重なったりと少々読みづらいが、今時の女の子の文字のような


字で書かれていた。


盲目だの聾唖だのと聞いてたからてっきり字の読み書きも出来ないだろうと思っていたが・・・




「雅洋さんへ


 昨日は本当にごめんなさい。 雅洋さんにあんな失礼なことをしてしまって

 
 本当に申し訳ありませんでした。


 私に年の離れた兄姉がいるということは私も知っていました。


 そして私が望まれずに生まれた子供であることも。


 事実をここで話しておかなければなりません。 私は口が利けない身で手紙でお許しください。


 父によって戸籍を抹消されていますが、私は貴方の実の妹です。


 私は2歳の頃に人体実験を受けました。 どうせ死んだ愛人との子供だし障害児だからと父が進んで、とある大学病院へと


 まだ幼い私を・・・10数年後に私をダッチワイフがわりにするため、あんな体に・・・


 私は父の使用人であるウメに養育されました。 ウメは私のためによく働いてくださいました。


 私は父をダッチワイフではなく人間として、保谷家の人間として扱ってもらえるよう、懸命に勉強に励んでいました。


 学校はおろか、外にも出してもらえず、ウメが雇った家庭教師に勉強を教えていただきました。


 しかし、幾ら勉強しても私の存在は人間として扱ってもらえず、そして12歳を迎えた日から私は


 毎日のように父に弄ばれるようになりました。 本当に毎日が苦痛でした。


 私は本当に父が憎かった。 いつか殺してやろうと思いましたが


 父の周りには常にSPが張り付いていて、 レイプされている最中も・・・


 父が死んでからは私は復讐の対象がなくなってしまい


 私は人生の目的を失ったかのように空しい毎日を過ごしていました。 それに日に日に弱っていくウメの姿は


 目が見えなくとも感じていて、ウメを早く楽にさせてあげたいとの一心で


 他の御兄弟の方にお世話になることにしました。


 それに私自身、家族のぬくもりが欲しかったから・・・




 私は長い間レイプされていて、本能的に体にしみついてしまい


 発作的にあのような行為に至ってしまい本当に申し訳ありません。 といっても信じてもらえないですよね。。。


 こんな私みたいなバケモノが妹だなんて・・・保谷家の名前に傷が付くだろうし


 私ってやっぱり、ジャマですよね・・・要らない人間だったって・・・


 せめて私が成人するまでと思ってたんですけど、 迷惑がかかる前に死ぬことに決めました。


 ウメには本当に申し訳ないと思いますが、保谷家の為だと伝えて頂ければウメも納得すると思います。


 最後に、貴方のことを「お兄ちゃん」って呼びたかった・・・


 迷惑をかけてすみませんでした。 一足先に天国でウメを待っています。


 では、さようなら。


 保谷 麻依子」






 麻依・・・


 そんなことがあったなんて・・・俺は・・・







 「麻依ー! どこにいるんだー!」


 俺は家中をくまなく探したが、どこにもいない。 寝室にも、浴室にも、トイレにも。


 俺はへたりこんだ。


 「麻依・・・死ぬんじゃねぇよぉ・・・ お前の17年間は一体何だったんだよ・・・
  俺がバカだったよ、成人とまでいわずに一生お前の面倒見てあげるから、出てきてくれよぉ!」


ガタッ


浴室から物音がした。 まさか!


「麻依!」


俺は浴槽の蓋を開けた。 そこには服を着たまま横たわっている麻依の姿があった。


麻依の両手首からはおびただしい量の血が流れ、彼女の意識は朦朧としていた。




「麻依! しっかりしろ! 今病院に連れてってやるから、死ぬんじゃねぇ!」


俺は着ていたシャツを引きちぎり、彼女の手首に巻いた。


彼女は俺に気がついたのか、震える手で俺の腕にしがみついた。


俺は麻依を抱き寄せ、


「俺が悪かった・・・悪かったから死なねぇでくれよ・・・」


麻依は安心したのか、閉じた目から涙があふれ出た。


しかし俺も感傷に浸ってる場合じゃない、一刻も早く救急車を!


その時、麻依が俺の袖をつかみ、首を振った。


「麻依・・・」


もう助からないのかと思ったのか、公衆の面前に自分の姿を晒して、迷惑をかけたくないと思ったのか。


麻依は震える手で俺の股間に手を伸ばした。 ・・・そうか。 それが麻依の意志なら。






俺はズボンのチャックを下ろした。


正直こんな状況で勃てるとは思えなかったが、麻依は昨日とは違って優しくしごき始めた。


しばらくして俺の一物は勃起し、彼女は笑みを浮かべた。


それにあわせて彼女の口も歪み、次第に口が濡れはじめてきた。








麻依は俺の一物が準備万全であることを確認すると、


起き上がろうとするが、立ち上がれない。 第一、こんなところでHするのも少々無理があるか。


俺はそっと彼女を持ち上げ、寝室へと向かった。


麻依をベッドの上に寝かせ、早速彼女の口に俺の一物をあてがったが、


麻依はそれを拒んだ。




「?」




彼女は手を震わせながらスカートを脱ごうとしたが、


さすがに寝ながらだと無理なのか。 俺は彼女のスカート、パンツを脱がしてあげた。


最初は何故だと思ったが、彼女の股間から舌が伸びたことを思い出した。


なるほど、本番ではなく前戯っていうことか。





彼女は股間を広げその秘部をあらわにし、指でそれを拡げた。


それと同時に彼女の膣から舌が、まるで二枚貝のようににゅるりと顔を出し、クリトリスをなめ回す。


俺は一物を彼女の秘部へと、優しくあてがった。 それと同時に彼女の舌も、愛液にまみれた舌を伸ばした。


どちらが本番でどちらが前戯なのかも分からないが、おそらくこちらが先だと言うことは、「フェラ」が本番なのだろう。


彼女が一番感じる性感帯は、口なのだと。 俺は彼女の膣に深く深く入り込み、出し入れを行った。


舌があるとはいえもともとは彼女のアソコ、彼女は快感に酔いながらも俺を気持ちよくさせようと


舌を巧みに使ってくる。


彼女の柔らかい舌と襞が絡み合い、俺は今までに感じたことのない快感を味わった。


5年間もレイプされているのか、その絶妙の舌使い。 雁首を一度なめ回しては裏筋を小刻みに攻める。


こういうことを親父に仕込まれたのか。 人間扱いされようと彼女は必死に努力してきたはずだが


結局は性奴としての技をたたきこまれ、人間扱いは許されなかった。


俺は手紙を読んだとき、親父に言いようのない怒りがこみ上げた。 しかし俺は今親父と同じ事をやってる。




・・・




俺は動きを止め、その場で泣き崩れた。


馬鹿だ。何やってんだよ俺、これじゃ親父と何ら変わんねぇじゃねえか。


彼女があんなに苦しんでる間、俺は親の金で定職にも就かず、のうのうと暮らしていて


いつしか彼女の存在すら忘れかけて、いざ会ったらすぐさまHだと?


親父よりひでぇ男だよ・・・くそっ・・・


その時だった。




(・・・泣かないで)




俺の頭の中で、甲高い女の声が響いた。


(お兄ちゃんは、何にも悪くないよ。 それどころか、私、感謝してるの)


もしかして・・・麻依!?


(だって、私のためにこんなに泣いてくれの、ウメと貴方だけだった。 あの時、すごく嬉しかったの。
 だから、お兄ちゃんだけ、特別だから・・・)


「麻依ぃ・・・本当にごめんな・・・」


(・・・お兄ちゃん、私・・・あまり・・・時間が残されてないの・・・だから・・・)


「・・・そうか、そうだったな。 ゴメン、忘れてたよ・・・」


(最後に・・・口で・・・)


出血は止まったものの、彼女の体はほとんど血の気が引いていて、どんどん体温が下がってゆく。


俺は真っ裸になり、彼女に覆い被さった。 俺の体温で、何とか持ちこたえさせよう。


俺は必死だった。





俺は一物を彼女の顔の前に持っていった。


彼女は震える手で俺の一物をしっかりと握った。 そして、





・・・それから先のことはほとんど覚えていない。


彼女の口の中の締まり具合とか、そんなこともうどうでもいい。 俺の快感なんてどうでもいい。


彼女が気持ちよくなってくれればそれでいい。


とにかく、俺は彼女の最後の望みを叶えてあげたい。





今更麻依の右目からペニスが飛び出してこようが、そんなこと俺には関係ない。


俺は、麻依がどんな姿だろうと、麻依は麻依だ。


麻依はバケモノじゃなくて立派な人間だ。 保谷家の人間だ。


俺の妹だ。 そして、俺の大好きな・・・麻依だ。





(お兄ちゃん・・・ありがとう・・・)





それから、麻依の声は聞こえなくなった。 それでも俺は構わず、何回も何十回も彼女を愛し続けた。


「麻依・・・俺も、ありがとう・・・お前に会えて、本当に良かった」













それからもう、どのくらい経ったのか覚えていない。


俺は、冷たくなった麻依を抱えて病院へと向かった。 事実を伝えるために。

















あれから俺は、強姦殺人容疑で逮捕、東京拘置所に収監されることとなった。


麻依を病院に連れていって以来、麻依がどうなったか俺は知らない。 そして・・・




「・・・で、言いたいのはそれだけか?」


兄貴は怒気を込めてこう言い放った。


「そうさ、俺に親父の遺産は要らねぇ。 その代わり、あのコに墓を作ってやってくれ」


バンッ!!


「ふざけんじゃねぇよ!」


兄貴は窓ガラスを叩きつけ、俺を睨みつけた。


「テメェはどれだけ俺たちに迷惑かければ気が済むんだ!?
 テメェのせいでなぁ、世の中大騒ぎだ!アァ!? 俺の会社の信用もガタ落ちだよ!」


「・・・世の中がどうだとか、アンタの会社のことなんか俺には知らねぇよ」


「ああ、そうだろうな! オメーは39年間一度も定職についてねぇから
 そんなことが言えるんだよ!
 大体あんなバケモノが俺たちの妹だぁ!?笑わせんじゃねぇよ!」


「・・・バケモノ・・・だと?」


俺は声を震わせた。


「麻依はバケモノなんかじゃねぇよ!! 麻依は俺の妹だ!
 それに麻依はバケモノじゃねぇ、人間なんだよ!」




「あんなのをどう見たら人間って言えるの?」


外の景色を眺めていた姉貴がつぶやいた。


「アンタ、本当にイカれちゃったわね。 現実をよくご覧なさいよ。

 保谷麻依子という女の子は2歳で肺炎にかかって死んだ。
 その女の子が今になって生き返ったとでも?
 それに口が女性器で目からチンコが飛び出てるバケモノが、何故人間だって言い張れるの?」


「それはさっき説明しただろ!」


「アンタのホラ話なんてどうでもいいわ。 どれも裏付けがとれない話ばっかり。
 ホントに、もうあなたの存在自体にうんざりだわ。 頼むから、本当に迷惑かけないで頂戴」


「頼むから信じてくれよ!これは残された保谷家が負うべき責任・・・」


「責任・・・か」


兄貴が立ち上がった。


「・・・じゃあ今回の件で、俺の会社に出る損害額の責任とってくれよ。
 見積もりでざっと10億、全部賠償してもらうからな」


「お兄様。もうこの際、こんな人とは縁を切りましょう。 もう、私耐えられない・・・」


姉貴は兄貴の胸に寄り添い、泣き崩れた。


「そうだな、それが賢明だ。 こんな奴なんか・・・弟じゃねぇ」


予想はしていたが、分かってくれるはずもないか。





兄貴は姉貴の肩に手を添え、その場を立ち去ろうとしたその時、一人の初老の男が兄貴と姉貴の前に立ちふさがった。


「・・・保谷謙二さんと、相川泰子さんですね。 私、○○署捜査一課の安岡と申します」


「・・・な、何ですか一体?」


「ガイ者の件ですが・・・検死の結果、両手首からの大量失血死と判明しました。
 凶器と見られるカッターナイフに容疑者の指紋は無く、ガイ者の指紋のみが付着しています。

 それと衣服に付着していた血液をDNA鑑定した結果、お父様である保谷玄一郎氏および、保谷雅洋容疑者と
 遺伝的に一致していることが分かりました。 つまり、ガイ者は・・・」


「う・・・嘘よ!そんなはず・・・」


「そんな・・・バカな! じゃあアイツが言ってたことって全部・・・」




側で会話記録を取っていた看守が時計を見て俺に言った。


「おい、そろそろ面会時間終了だ」


俺は看守に連れられてその場を後にした。 兄貴と姉貴がその場で呆然とへたり込む姿を背にして。


そう、これは麻依に対して、保谷家として俺たちが負うべき責任。


兄貴たちがやらなくても、俺一人でやってみせるさ。









そしてあれからさらに半年。 俺はまだ拘置所の中にいた。


何しろ麻依があの姿だ。 麻依の体を解析した上で、裁判が開かれるのはさらにあと3ヶ月後だと言われた。


これまでにマスコミの取材にも何度か応じたことはあったが、


今度はマスコミではなく一人の老婆が面会を申し出たそうで、再び面会室へと入った。 そこには、見覚えのある老婆が佇んでいた。


「私、麻依子様の世話をしておりました坂上ウメと申します・・・この度の件は誠にご迷惑をおかけしました」


老婆は頭を深く下げた。


「貴方様には何とお詫びしてよいのか・・・言葉が見つかりません。
 ううう・・・私がもっとしっかりしていれば・・・」


「もういいんです。 それどころか、俺、あのコに感謝しているんです」


それから俺は半年前のあの時の事の顛末を話した。


「そうでしたか・・・麻依子様も貴方様に会えてさぞ嬉しかった事でしょう・・・」


「ウメさん、あんたは何も悪くないよ。 悪いのは親父だ。
 兄貴も姉貴もそう、未だに自己保身の為に麻依どころか俺とまで縁を切ろうとしてる。
 ははは・・・これが兄弟といえるか?
 今思えば俺たちが人間の皮を被ったバケモノだったのかもしれないな」


「本当に・・・申し訳ありませんでした。
 あれから麻依子様が生前につけていた交換日記を拝見致しました。
 本当は貴方様に差し上げたかったのですが、こういう場所ですから・・・」


ウメさんは持ってきた交換日記を手に取り、ぽつりぽつり、麻依が最後につけた日記の内容を話し始めた。





『ウメ、今までありがとう。 今までいろんな心労を抱え込ませながら、身一つで私を育ててくれて。


 私は明日、まだ見ぬ兄の元へお世話になります。


 だから、もうゆっくり休んでいいよ。


 私、こんな体だから、びっくりして追い出されないかちょっと心配だけど・・・


 私には夢があるんです。 目も見えない、口も聞けない私が


 お兄ちゃん達とお話が出来る夢が。


 私はこの前、点字のヘレン・ケラーの本を読んだんです。


 サリバン先生とヘレンが自由にコミュニケーションしてる姿。 お兄ちゃんとも、そうなれたらいいな・・・


 そして、ずっとお兄ちゃん達と一緒に居れたらいいな。


 折をみて、ウメに会いに行きます。


 これが、最後の交換日記になるね。 そう思うと、ちょっと寂しいな・・・


 でも会えなくなる訳じゃないから。


 最後に、本当に・・・ありがとう。 元気に長生きしてね』





俺はその場で泣き崩れた。


悲しみ、怒り、感謝の気持ち。 口に出来ないいろんな思いが、衝動的にこみ上げてきた。


俺はしばらくその場から立ち上がれなくなるほど泣きじゃくった。






俺は独房に戻り、小さな窓から見える景色を眺めた。


ちらほらと雪が降っている。 そういえば、今日はクリスマス・イブだったな。


しんしんと降り続ける雪。 けど地面に付いた瞬間に溶けてなくなる。


俺はずっと、その雪を眺め続けていた――――――――――――