〔目が不自由なのは不幸なことではない。目が不自由なことに耐えれないのが不幸なことである〕

                                                 ―――――――― ジョン・ミルトン



かつてイギリスの詩人がこんなことを言っていた。
格言ほどためにならないものはない、と思ったのはこの格言を目にしたときからだった。


といっても私は、目が不自由なわけでもなく、耳も聞こえるし、ふつうに会話も出来、歩くことだって出来る。
いたって普通の、どこにでもいる女子高生。

・・・ただ、普通の人と違うのは
この五体満足な体、いや、厳密に言えばこの六体不満足の体。
5から1を足しても引いても、5でなければ健常者じゃない。
むしろ1を足した方がタチが悪いとさえ思う。

常に隣にもう一人の私がいる。
ちょうど、合わせ鏡のように、性格がまるで正反対の私がそこにいる。
まるでどこかのおとぎ話のような
鏡よ鏡よ鏡さん、なんてよく言ったもの。
実際に、ほら、横にいるとうざったくてしょうがない。




「ねねっち!見て見て!」
大声で私に呼びかける彼女。 わずか10センチも満たない距離から声を張り上げる。

「この水着、超かわいくない? 着てみようよ!」
彼女が左手に持った水着は、フリルがついたド派手なヒモのビキニ。
・・・こんなの恥ずかしくて着れないよ・・・

「あのねー・・・ たくみ、少しは私のことも考えて・・・」
私は右手で制止しようとした。が、

「着てみなきゃわかんないじゃん!行こ行こ!」
「ちょ、ちょっと!」

たくみは私の意見なんかお構いなしに、
試着室へ足を進めた。
私も仕方なく、試着室へ向かうことにした。
でないと、つまずいて転んでしまう。
私は右足、たくみは左足。私たちは日常の歩行が二人三脚のようになっている。
そしてそれは、これからも変えることの出来ない私たちの宿命というか。





そう。 私たちは頭が2つでカラダが1つのシャム双生児。 
しかも日本国内で初、しかも先天性の障害が全くない奇形児。
今でこそ好奇な目で見られることもあるけど、
昔はもっとひどかった。

私たちのもとへマスコミが殺到し、
その辺の大家族よりも数字が獲れるとかで
テレビ局が取材にくることもしばしばあった。
しかもうちの両親ときたら、取材を断りもせず
放送された明くる日は、家の外から一歩も出られない状態になる。

最近でもたまにテレビ取材のクルーが来たりする。
『浅野拓未・祢音姉妹の日常』みたいなサブタイトルで
テレビでよく見かける大家族スペシャルみたいな密着取材をうける。
しかも、かならず決まってたくみの名前が前に来る。
いや、別にひがみで言ってるわけじゃないんだけど・・・



わたしはいつもたくみに振り回されて過ごしている。
そう、学校の授業中なんかでもそう。



こっくり、こっくり・・・
数学の授業中、熱心に授業を受けているそばで、
たくみは左手をぶらさげて居眠りをしている。
ずるり、ずるりと体が自然に左側へ傾いていく。
それを押さえようと私は必死になる。

「・・・たくみ、起きてってば」

「だめだよ〜、もう食べられないってば・・・むにゃ」

最後は寝言をつぶやく始末。
教室内でそれを聞いた数人のクラスメイトが失笑する。
そして、先生の目がじろり、とこちらへ向けられる。





「あは、ははは・・・すみません・・・」
もう笑うしかない。



そのクラスメイトの中で、小声で話す男子が2人。

(なぁ、浅野姉妹って、胸が3つあんだろ?)

(ああ、テレビで言ってた)

(すげぇな。 遠くで見てもありゃEカップ以上はありそうだぜ)

(じゃあ、アソコはどうなってんだろうな? 穴が2つあったらすごくね?)



私たちに聞こえないように話してるのかも知れないけど
私には全部聞こえてる。
こういう心ない人達の言動にも、だいぶ免疫はついた。

感覚は共有しているものの、実際に動かせるのは
右半身が私だけ、左半身がたくみだけ。
そして肺を除く全ての臓器は2人で共有している。
ちなみに胸が3つあるっていうのは本当だけど、アソコは1つだけ。


そう、アソコが1つだけってことで、私は生涯忘れられない苦い経験をした。





あれは中3の夏。
たくみが付き合っていた彼氏を、たくみが私たちの部屋に連れてきた。
最初は3人でテレビでも見ながら談笑していた。
このままテレビ番組を見終わって、彼氏も帰るものと思っていた。


けど、テレビ番組が終盤に近づくにつれて、なぜか心臓の鼓動が早くなっていく。


よく見ると、たくみの顔がどんどん赤くなっていく。
何・・・?このどきどき。
私はこのときから既に何か嫌な予感を察知していた。



テレビ番組が終わると、その彼氏はテレビを消した。

「・・・じゃあ、準備はいいかい?」

「・・・うん・・・」

たくみはうなずいた。


「・・・えっと、何の話かな・・・?」

私は2人の会話について行けず、狼狽した。

「・・・ねねっち、ゴメン。
 ねねっちにはナイショにしてたけど、今日・・・」

言わなくても雰囲気で分かる。 今から行われる2人の行為。
それはたくみと彼氏との初H。 



たくみは服を脱ぎはじめた。
私はそれを必死で止めようとした。

「ちょっと! 嫌よ! なんで私まで一緒なの!?」

「お願い! ねねっち!
 私、翔太を愛してるの!
 ねねっちのことも考えたけど、どうしても気持ちが抑えられなくて・・・
 だから、一生のお願い!」

「嫌! 好きでもない人に処女を奪われるなんて絶対に嫌!」



私たち2人のやりとりを見て申し訳なく思ったのか、
うろたえていた彼氏が重い口を開いた。

「あのさ、たくみ。
 やっぱ・・・やめようよ。 祢音さんの気持ちを考えたらやっぱ、俺・・・出来ないよ」

「ダメ!やめないで! 私、翔太と1つに・・・なりたいの・・・!」

「・・・悪いけど、俺、帰るわ」

「・・・ねえ、私・・・このまま翔太とHできないのかな?」

「・・・」

「ふええん・・・やだよぉ・・・
 こんなに翔太を愛してるのに・・・どうして?・・・なんでよぉ・・・」
たくみはその場で泣き崩れた。

たくみの感情が痛いほど私に突き刺さる。
大好きな人とHが出来ない。 それは、私がいるから。
私だって、好きでもない人に処女を奪われたくない。 それに・・・たくみにも。
けど、これじゃ、あまりにも・・・


私の目から、一筋の涙が流れた。
私は決意した。


「待って! 中田君!」
私は叫んだ。

「祢音さん・・・」

「い、いいよ・・・私は・・・気にしないから」

「け、けど駄目だよ。 祢音さん、一生後悔するって」



「あのね・・・
 私、本当はたくみのこと、好きなの。
 家族としてじゃなくて、恋人として」

「えっ?」
たくみと中田君の声がハモった。

「私たちって、こんなカラダだからいろんな辛いことを経験してきたの。
 いじめにあったり、ストーカーにあったり。
 とっても辛かった。
 それでも、たくみはいつも明るく振る舞って
 どんなときだって、泣かずに私を励ましてくれた」

私は淡々と話を続けた。

「たくみだって辛いのにさ、
 自分のことより、私のことを気遣ってくれて。
 なんかそんな姿見てると、とっても凄いなって思う。
 勉強は私より全然出来なくても、人間として私より全然出来ていて、その姿にあこがれてたの。
 そう思ってる内に、なんか好きになっちゃって・・・
 でも、こんなのたくみに言えるわけないよね。 私自身、レズだって認めたく無かったし・・・」

たくみは唇をかみしめた。

「たくみに彼氏が出来て、私も嬉しかった。
 けど、複雑だった。
 こんなに近くにいるのに、私の思いを告げられない。
 何もできないまま、ここまできたの。
 なのに今になって、2人にHしないでなんて、そんなのわがままだよね・・・
 だから、いいの。 たくみが幸せになってくれれば、それでいいの。
 今になって、やっとそう思えるようになったわ。
 ただ単にたくみが泣いてるところ、私は見たくないの。 だから・・・お願い」





一瞬、その場に静寂が流れた。
その静寂を破ったのは、たくみだった。

「・・・ねぇ、ねね。
 私バカだから、全然気づかなくて・・・ごめん・・・。
 こんなに近くにいるのに、ねねの気持ちに気づけなくて
 ねねの気持ちは、誰よりも私が一番分かってたはずなのに・・・」

たくみは私にもたれかかり、うなだれた。

「いいの、もういいの。 だから、泣かないで」
 私は右手でたくみを抱きしめ、笑顔をつくった。





「ねえ、たくみ。 お願いがあるの」

「なに?」

「ファーストキスは、前からたくみだって決めてたの。
 私のファーストキスは、たくみが奪って。
 そして今日だけ、ずっと私を見てて」

「・・・うん、いいよ」






たくみは私たちのアソコを慈しむように指を這わせ、
私はたくみの頭を抱きかかえた。
そして私たちは見つめ合って、唇と唇をあわせた。


「・・・ねね? 気持ちいい?」

「うん、とっても。 たくみは?」

「私も・・・とっても気持ちいいよ。
 ねねが一番感じるところは、私も一番感じるところだから」

「ふふふ、やっぱり?」



「これからもずっと・・・一緒だよね」

「もちろんだよ。 私はいつもここにいる。 今でも、これからも」
私たちはお互いの気持ちを確かめ合って、抱き合った。
これからも一緒。私はたくみのその言葉が聞けて、安心した。



「そろそろ入れるけど、いい・・・かな?」

側で見ていた中田君が待ちきれず、私たちに声を掛けた。

「うん、いいよ。 きて・・・」

たくみがそれを促した。

「えっ、ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が・・・」

私の言葉が終わらないうちに、



ずぷっ・・・

「ひゃんっ!」

私たちは、一緒に声を上げた。





・・・これが、私の苦い経験。
やっぱりあの時、止めておけばよかったのかな、と思った。
だってあの初Hした2ヶ月後に、たくみと中田君別れたんだもん。

それから高校生になってからというもの、たくみときたら
次から次へと彼氏をとっかえひっかえ。 その度にHするし。
まるでさかりのついた雌犬のようで
ほんっっっと! 迷惑ったらありゃしない!


ただ、たくみは彼氏とのHの度に、小声で私にこうささやいたあとにキスをする。

「私がホントに好きなのは、ねねっちだからね」

本気なのか、気休めなのか分からないけど。
それでも、毎回言ってくれてる事に私は、実はうれしかったりする。
私とたくみが、カラダも心もつながってるって感じる唯一の瞬間。

「これからも、ずっと一緒だからね」






ゴンッ!

「いたっ!」
いきなり私の頭にチョークが飛んできた。

「あ・・・すまん。 拓未に投げるつもりだったんだが・・・手がすべって」

先生が平謝りし、改めてたくみのもとへとやってきて
たくみの頭を叩いた。

バシッ!

「っ痛ー!」

「お前は何度叩いたら分かるんだ!」

毎日、こんな日常が繰り広げられている。


チョークが間違って私の頭に飛んでくるのは勘弁して欲しいけど、

うざくたって迷惑だって、それでも好きな人と24時間ずっと一緒にいられるってことは

私にだけ与えられた、何物にもかえがたいシアワセな特権なのだろうと思う。







そんな中、格言嫌いだった私が1つだけ、気に入った格言がある。

〔しっかりと根をおろしている2本の木は、ある程度離れていて、なおかつその枝が近くにあったらよい。
 一緒になった葉を通るそよ風がさわやかな音楽を奏でる。 〕


                                                 ―――――――― ハビエル・ガラルダ






おしまい。